久しぶりの事件モノ、ノンフィクションのご紹介。
福岡で看護婦(この事件が起きた時は、看護婦と呼んでいたので今回そのまま引用します)たち4人が、メンバーの中の夫2人を殺害し保険金をせしめたり、あるいは詐欺・恐喝による金銭搾取など、総計で約2億円もの大金を不当に得た連続殺人・詐欺などの事件。
女4人の犯罪というと「OUT」(桐野夏生)を思い出す人も多いと思いますが、事実は小説よりも奇なりというか恐ろしいものだと痛感する事件です。
この事件では主犯格の吉田純子が他の3人を隷属する形で支配し、言葉巧みに騙し続け、自分の贅沢な暮らしのためにお金を奪い続けただけではなく、やがてはメンバーの夫を保険金目当てで殺害、その上にも土地を奪おうとしたりメンバーの母親を殺そうとしたりしたもの。
こうしてまとめたものを後から俯瞰で眺めるように読めば、そんな嘘に何故引っかかるのだろう、と、むしろやすやすと騙されている3人のメンバーの愚かさに目が行くのです。
中のひとりは吉田の同性愛の対象にされ、嫌々ながらも性行為を続けていたのだけど、吉田が「あんたの子どもを妊娠した。珍しい事だが女同士でも子どもが出来る例はあるらしい。」というと、半信半疑でありながらも、結局はそれを信じてしまうのです。女同士の性行為で妊娠…どう考えてもそれを信じる看護婦がいるとは思えないのですが。
そんな調子で騙され続け、挙句の果てには自分の夫にさえ手をかける・・・その保険金をも吉田に騙し取られてしまって、気づかないと言う愚かしさ。
このような事件史を読むと、思い起こされるのは「愛犬家連続殺人事件」の主犯、関根元や「北九州一家監禁殺人事件」の松永太など。彼らに共通するのは、仲間や被害者の気持ちを掌握する手腕に長けていて、とうてい信じられないような嘘をさも本当のように信じ込ませる技術があるということ。
どの事件も、共犯者たちはある種の被害者でもあると思えるのですが(だからと言って殺人の罪は消えないと思うけど)その共犯者をがんじがらめに絡めとる恐ろしさ、従いたくないのに従わざるを得ない心理になっていく、仲間内での恐怖政治が確かにあるようなのです。
「殺人」と一言に言いますが、こう言う風に事件の一部始終を見せられると、その恐ろしさに慄然とします。看護婦の知識やスキルを駆使して、注射などで殺すのですが、自分がもしもその立場に立ったとき、どんな憎い相手であれ、衝動的ではなく計画的にそれを実行できるものか?「この注射を打つと相手は死ぬのだ」と、分かっているのに、ゆっくりと冷静に、注射できるのか??
まさに、尋常ではない彼女たちの心理が怖くてたまりません。稀に見る鬼女の犯罪でしょう。
本書では事件の全容とともに、吉田淳子の生い立ちからその事件との関わりに迫るのですが、一概には言えないにしても、母親の子どもに対する影響と言うのは大きいなぁと痛感します。親はやはり、責任の一端を担っていると言うことは、あるのじゃないでしょうか。
ただ、吉田淳子の家族に対して、「そこまで書いては家族が気の毒では」と言う、誹謗中傷すれすれの表現がある様な気がして、その点が気になりましたが・・・。
思うに、3人のメンバーはアサガオのようなもの。吉田が支柱です。支柱があるから上に伸びるアサガオ、アサガオが巻きつくから賑やかに咲く花を身にまとう支柱。お互いがあったからこその犯罪だったのかもしれません。アサガオと言ってはキレイすぎますか。その花はどす黒い色をしていましょう。
3人のメンバーたちも、この吉田淳子と出会っていなければ、こんな罪を犯さずに平穏な人生を歩いていたのかもしれない。殺された男たちも同様に、その「出会い」に殺されたのです。(犯人たちを擁護する意味ではありません、念のため)
そういう「出会い」がなく一生を過ごすと言う事は、まったくの僥倖だと思いました。