2007'09.03
![]() | 自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」 佐藤 幹夫 洋泉社 2005-03 by G-Tools |
(ネッ友さんたちに「またか」と思われて呆れられ、さては引かれてしまわないかと心配しながらも、やっぱりこの手の本を読む)
「累犯障害者」を読んだ時、障害者が犯した事件と裁きの結果において、とても象徴的な事件だと言う印象を受けたので、この本を借りてきました。
事件は2001年4月東京浅草、レッサーパンダのニット帽をかぶった知的障害のある男によって、女子大生が殺されてしまうというもの。
しかし、裁判は、男が「自閉症」であると言うことを加味しない判決となって、無期懲役。(その後控訴しましたが、被告自ら取り下げたとのこと)
行きずりの一般人を一方的に殺してしまう、ということはもちろん、障害者であれ健常者であれ許される事ではない。
亡くなった女性の家族の方々の言葉を聞いて(読んで)いると、辛さ悲しさが伝わりいたたまれません。
しかし、決して公正とは思えない障害者を取り巻く司法のあり方を見て、日本の福祉と言う点でも多いな疑問を提示しています。
しかし、「累犯障害者」を読んだときも思ったのだけど、この事件の陰にいる「被告の妹さん」というのがとっても気の毒なのです。彼女の事を知りたくてこの本を読んだと言っても過言じゃないです。
妹さんは、つまり兄が知的障害者で昔から手を煩わされてきたのですが、父親も実は知的障害者だったのです。(母親は既に他界)
でもそれを知らずに、当然障害者手帳なども持たずに、ひたすら父親の面倒を見るだけの生活。働いても働いても父親が賭け事などに使ってしまう。そうして癌に侵されてしまうのですが、その病気の時も自身の病院代を支払うために、働いています。しかし、それでも父親が使ってしまう。そんなときに起きたのが兄の刺殺事件。
しかし、皮肉な事に、この事件がきっかけで妹さんは、共生舎という障害者の支援グループの援助を受ける事ができるようになったのです。
しかし、そのとき既に命はわずか数ヶ月と、限られていました。せめて数ヶ月楽しい事をしよう、と言う共生舎の人たちの提案に「25年間生きてきて、楽しい事は一つも無かった」と言ったらしい。
残りのわずかな期間だけでも、共生舎の人たちの充分なケアを受けて少しでも幸せな時間を持てたようなので、その点救われる気もするのですが、こんなにも困窮している家族(困っていたのは妹さんだけだったのだけど)を、公共の福祉は何の手助けもしてない。癌の手術を2度も受け、いたるところに転移もあり、そんな体でも自分の病気の必要経費のために働かなくてはならない・・・もっと早くなんとかならなかったのかと、無念と言うか腹立たしいと言うか。
父親にも兄にもお金をせびられ、自分のために買ったものも持ち出されて金に換えられる生活。
なんとかならなかったのか。それしか言葉が出てきません。
そして、また他にも読んだ「事件モノ」ふたつ。↓




3年間の経験を経て新たな境地へ!
おかえりなさい、そして待ってます。














