【本】収容所から来た遺書/辺見じゅん

4167342030収容所(ラーゲリ)から来た遺書 文春文庫
文藝春秋 1992-06

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1989年の講談社ノンフィクション賞
1990年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。

心の底から「この本を読めてよかった!!」と思った一冊です。
タイトルの「収容所」とは、第二次世界大戦のときにソ連軍に俘虜として拘束された人々が、強制労働に従事させられたところ。私などはずっと「強制労働収容所」と思ってきましたが実は「矯正労働収容所」だったそうです。
シベリアに連行されて、過酷な労働と劣悪な環境と飢餓と極寒のために命を落とした人が数知れない、などとはよく聞いたことはありましたが、本書はそのシベリアの収容所からやってきた「遺書」をめぐる物語です。

本書の中でとても感銘を受けたことは、当の「遺書」の内容のほかに3つあります。
まずひとつは、「遺書」を書いた人物、山本幡夫さんという人の人物のすばらしさです。
政治思想犯として、かなり苛烈な境遇を受けたようですが、そんな中でもユーモアや優しさ、文学や娯楽を忘れずに、崇高な精神を保ち続けます。
殺人などの凶悪犯罪よりも、政治的思想のほうがより重罪であると言うその当時のソ連で、俘虜たちが勝手に会合を開いたり話し合ったりすることは、とても厳しく統制されていました。
そんな中でも、山本さんはみんなを集めて「句会」を開くのです。この句会は「アムール句会」と名づけられ、「最後」まで続けられます。いつになったら日本に帰れるのか、帰る前に死んでしまうかもしれない、死ねば白樺の根元に埋められる・・・という、明日をも知れない死の恐怖と絶望と、飢餓や重労働の困憊・・・そんな中で、俳句を作ることがみんなの「生きる希望」につながっていくのです。
山本さんはともかく、何にでも造詣が深く物知りで聡明、あるときは本を作り小説やエッセイや詩を書き、みんなに回します。見つかれば厳しい処分が待っているので、その本は(本と言っても、わら半紙に鉛筆で書いて綴じたような)ぼろぼろになるまで仲間内を巡回した後、びりびりに破ってトイレなどに捨てられます。
後に一時、ソ連の締め付けが緩んだときになどは、舞台演劇を演出したり、ロシア語の映画に即興で翻訳をつけたりしたそうですが、それがまたユーモアたっぷりの翻訳で、映画を見ていた俘虜たちはとっても楽しんだとか。
誰もが、絶望に震え、気持ちが深く沈んでいたときにも、「ダモイが近づいているよ」と、希望を持ち、辛い毎日の中で「シベリアの空は青くきれいだ」と、美しいものに目を向ける。
この山本さんと言う人の強さや明るさ、他人に対する思いやりなどには本当に胸打たれました。しかも極限も極限のこの状態で・・!!
それとともに、文学、娯楽というものが人間にとってどんなに大切なものか、と言うこともしみじみと感じました。
こんなにも文学や娯楽で心を癒され、励まされることがあるのです!!
それが生きる希望につながるんですね。

そして感銘を受けたことの2つめは―――
病気にたおれ、切望していた日本への帰国(ダモイ)が実現せずに、亡くなってしまう山本さんの、家族に向けた遺書が、どうやって家族の下に届いたかということ。
前述のとおり、厳しく統制されていた収容所では、紙などに残した文書の類は一切収容所から持ち出すことができません。それどころか、持っているのを見つかれば厳しい処分です。
病床で、監視の目も緩やかだったからこそ書けた、山本さんの遺書は、どうして家族の下に届いたか・・・
それはぜひとも、読んでいただきたいものです。

でも、ネタバレ承知でご紹介しますと・・・・





大勢の仲間たちが「暗記する」と言う方法で「持ち帰り」そして、山本さんの家族に「届け」られるのです。
誰もがみんな「山本さんのためなら」と、危険を承知で、自ら進んで大役を引き受けるのです。
みんなが山本さんをどれだけ慕っていたか、と言うことがよく分かります。
山本さんと言う人は、自分が思いやり深い人間だっただけじゃなく、他人をもそのように仕向けてしまう、そんなすばらしい人物だったということでしょう。
遺書はとても長い文章で、今際の力を振り絞り書いたもの、それがすべて無事に奥さん方の下へ届いたということが、どんなに奇跡のようだったか。山本さんの死は、とても残念でしたが、遺書が届く様は感無量です。

感銘を受けたことの3つめは
この出来事が一冊の本となって、世に出たことです。
偉業を成し遂げたような人たちの評伝はたくさんありますが、特に何と言うには難しい・・・功績と言うには儚い、この一連の出来事がこうして本となり、人々が多く知ることになるのは、珍しいのでは・・。
そもそも、新聞の特集で「昭和の遺書」と言うテーマで投稿を呼びかけたのだそうです。それに、山本さんの奥さんが「遺書」を新聞社に宛てて送ったそうです。そして著者の手によりノンフィクションの出版にいたったとのこと。
奥さんがこの遺書を、新聞社に送らなかったらこの物語は世に出なかっただろう、と思えば、奥さんにも感謝したいです。
そして、すばらしいこの遺書の内容は、ぜひとも本書を通じて読んでいただきたいものです。

追記として、収容所で飼われていたクロという名の犬の話は、犬好きさんなら感涙するのではないかと言うエピソードで、これもとても印象深く読みましたことを加えておきます。
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11:29 : [本・タイトル]ら行トラックバック(0)  コメント(2)
恥ずかしながら、クロに反応です。
早速、メモさせていただきました。
本当に、無名の人のこういう歴史って、胸をうちます。

2010/05/22(土) 18:54:38 | くまま │ URL | [編集]

いえいえ、恥ずかしいなんてとんでもない、とても嬉しいです。
本当に良い本なので、ぜひともおススメします。
クロのこと書いたのは、おねいさまにもおススメしたかったから・・・(^^ゞ
すばらしい人物伝をすばらしい文章家が描く・・・感激の至りです。
ぜひぜひ・・・。

2010/05/23(日) 00:13:36 | short │ URL | [編集]

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