【本】水神/帚木蓬生

4103314176水神(上)
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水神(下)
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帚木さんの歴史大作、「水神」読み終えました。
感動覚めやらぬうちにさっさと感想を書いてしまいたい!
「国銅」で、後世に残る奈良の大仏という大きなプロジェクトに参加した国人の人生を描いたように、今回は筑後川の堰を作った農民たちの姿を描いた作品です。
江戸初期がこの舞台の時代背景です。島原天草の乱で、父親を亡くした元助が、まずは主人公。
元助の村やその近隣の村々では、近くに筑後川と言う大川がありながらも、土地が高いところにある為に川の水を農耕に使うことができず、たいそう貧相な農作物にしか恵まれず、だから生活もとても苦しかった。ある村では天秤桶で水を運び、そして元助たちの村では元助と伊八と言う二人の百姓によって、堤防の上から綱をつけた桶を下ろし、ふたりで息を合わせて水を救い上げる、「打桶」と言うやりかたで、水を川から一日中、田んぼに流しているのです。伊八などは、40年間休むことなくこの打桶を続けています。気が遠くなりそうです。
そんな風にしても、水の豊富な地方との収穫の差は大きい。この苦労を断ち切るためには、筑後川に堰を作り、田んぼに引水するしかない。と、堰を作らんと立ち上がったのが、元助たちの村の庄屋を含め、5人の庄屋たち。
堰作りに彼らがかけた命運、そして、その事業の困難過酷さ、事業にかける男たちの姿を、帚木さんらしい、「美しい」筆致で描いてあります。
「国銅」と共通して感心したのは、読んでいるときに、まるでその世界が目の前に広がるようなリアルな風景を感じるのです。本当に、17世紀の日本に行ったみたいに。何度も、同じように感心して読んでいた「国銅」を思い出していました。
登場人物たちも、すごく生き生きと描かれていてそこにいるかのよう。特に、元助と伊八のふたりが堤防の上で打桶をしている姿が、シルエットとなって実に見えているようなのです。
朝は暗いうちから働き出し、夜は夜なべをして、粗末な着物や粗末な住まい、粗末な食事。だけど、それを自分の本分と捉え、一生懸命にやるべきことをする。仕事を大事にし、牛を大事にし、生活を大事にしている。つましく苦しく過酷な農民たちの生活。
貧乏ながらも、けっして不満を口にしたりせず、かといって諦観しているわけでもなく、あるがままに受け止めているような百姓たちの姿は、この村の庄屋の助佐衛門が百姓たちのことを思い、自ら百姓たちとともに質素で堅実で誠実な生活をしているからなのだ・・ということが分かってくるのですが。そうした人と人との結びつきや、思いやりがそこかしこにあって心が洗われるようです。
たとえば、あるとき、元助が庄屋助佐衛門の提灯持ちのお供をして、隣の庄屋の家を訪ねます。そこで、庄屋同士の話合いのあいだ、待たされるとき、食事を振舞われます。隣の庄屋は、元助の庄屋よりも身代がよく、振舞われたご飯もご馳走なんです。お代わりは?と訊かれて、元助は美味しくてもっと食べたいと思いながらも、お代わりをすることは、自分の庄屋に恥をかかせることになる、自分の村の恥にもなる・・と、断ります。そんな風に、自分の事よりも庄屋や村の人達の事をさっと思える元助。彼に代表されるように、身分は卑しくても心がとても美しい人物がたくさん登場し、いかにも帚木さんらしい人物描写に心をグッと捕まれました。
もう一人の主人公、庄屋の助左衛門。村の百姓のことを思い、堰渠(えんきょ)を考えます。そして助左衛門と共に今回堰を作る為に立ち上がった4人の庄屋たち、みんなそれぞれに高潔で清廉なのが、帚木さんのヒューマニズムの集大成のように感じられるほど。5人で藩に直々に申請に行ったときの口上は涙なくては読めませんでした。その後も、庄屋たちの気持ちは揺るぐことなく、周囲の庄屋たちに伝播して行くのですが、大きな事業に向かってみんなの気持ちが一つに収束していくのは、本当に感動的でした。
多分、主だった登場人物のほとんどが実在の人物らしく、それを聞いただけでも目頭が熱くなります。会心のオススメです。

そして、実は筑後川の歴史は、これで落着するのではなく、他の地域でもなんとも壮絶なようです。この波乱に満ちた川と闘った他の地の庄屋たちの物語を・・・帚木さん、また書いていただけませんか?・・なんちゃって。
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13:45 : [本・タイトル]さ行トラックバック(0)  コメント(0)

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