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誘拐/本田靖春

4480421548誘拐 (ちくま文庫)
本田 靖春
筑摩書房 2005-10-05

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東京オリンピックの開幕を翌年に控えた昭和38年3月の末に、昭和事件史のなかでも有名な、吉展ちゃん誘拐事件は起きました。
本書は、その事件を語るノンフィクション。。
事件があまりにも有名であり、結末も犯人も落とした刑事までも知っているのです。
それなのに、読めば読むほどに緊迫感が高まり、手に汗握ります。
読んでいる最中は、事件やそれぞれ人間関係などとても読み応えがあり、追うもの追われるもののドラマにグイグイと釣り込まれたのですが、読み終えてみると胸に残るのは犯行を犯してしまった犯人小原保の哀れな一生に対する感慨でした。
一言では言い切れないけれど、貧しさがひとつの「原因」であったとは思うものの、貧乏だからと言ってこんな卑劣で残酷な犯罪の言い訳にはなりません。
むしろ、彼が犯行を認めてからの態度に感じることが多いのです。
自白のみが犯行を確定するという状況の中で、黙秘を続ければ小原に逃れる道はあったのに、でも、彼は犯行を認めます。
犯行を認めるまでは稀に見る凶悪な面を見せておき、いざ犯行を認めたときからはその罪を贖うためにもと、警察に協力的で善人のようにさえ見える、このギャップ。
獄中では見事な短歌を作り、その短歌のひとつひとつに胸を打たれてしまいます。土偶短歌会の主催者にあてた手紙などを見ても、その文面の謙虚さや真面目さからはとても犯行と結びつかず、読みながら「なぜあんなことをしてしまったんだ、小原よ」と、思わず呟いてしまうのです。
深い反省を認めながらも結局は減刑されず、小原保はスピード裁判で死刑に・・・。当然と言えば当然かもしれませんが、読みながら「なんとかならないものか」と思ってしまいました。
「明日の死を前にひたすら打ちつづく鼓動を指に聴きつつ眠る」
「おびただしき煙は吐けどわが過去は焼きては呉れぬゴミ焼却炉」(小原保の歌集「十三の階段」)
『凶悪無残な性格でもその心がけ如何によっては生まれたときのように善良に立ち返ることもある、あるいは人が人の罪を裁き処刑することの矛盾、そして被害者が加害者の処刑を当然と思う封建時代の仇討ち意識につながる恐ろしさ』と、土偶短歌会の主催者の森川氏が「十三の階段」の後記に書いているそうです。
最終的に刑を受け、平塚刑事が墓参りに行ったとき、その家族の墓には小原は入れてもらえずに、土盛の下に眠っていたと言う。犯人と思えば容赦なく警察に突き出し、刑死すればこの扱い、家族からも見放されたあまりにも哀れな生涯に、同情してはいけないのだけど、せずにいられず。泣けてしまいました。
「落としたのはおれだけど、裁いたのはおれじゃない」という平塚刑事の叫びに「罰とは、贖罪とはなんだろう」と思わずにいられませんでした。
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22:18 : [本・タイトル]や行トラックバック(0)  コメント(2)
おはようございます。
この本、最近買ってこれから読み始める
ところです(*^o^*)
吉展ちゃん誘拐事件は衝撃的な事件でした。
じっくり読みたいと思います(*^^)

2008/11/07(金) 10:25:20 | ゆこりん │ URL | [編集]

ゆこりんさん
ほんと、偶然ですね。
文章も巧いし、ぐいぐいと行きますよ。
とても読み応えがあり、古い本だけど読んでよかった~~と思いました。
ゆこりんさんの感想も楽しみにしています♪

2008/11/08(土) 10:17:26 | short │ URL | [編集]

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