2008'10.31
![]() | エレクトラ―中上健次の生涯 高山 文彦 文藝春秋 2007-11 by G-Tools |
被差別部落出身の中上健次が、文学にふれ文学を目指し、激しくもがき苦しむように、身を削り魂をすり減らすようにして作品を書き続け、やがては芥川賞を取るまで、そして自身の文学スタイルを確立させ故郷のことをルポルタージュにまとめたり、あるいは「熊野大学」を作ったり、開放同盟の運動に参加したり、精力的に活動した後、命を終えるまでの生涯が書かれた作品です。
その出自にまつわるくらい影の部分、一族たちの声なき声、先祖たちの怨念すべてを一人背負って、小説に書こうとします。しかし、それを文字にするまでの苦労は並大抵ではなく、作家とはこうも苦しみながら、作品を世に送り出すものかと思います。まさに「産みの苦しみ」と言うべきか・・。
人が何かを成し遂げる時、そこには必ず「出会い」がある。健次の場合編集者たちとの濃密なやりとりがあったればこそ、この「岬」での芥川賞受賞になったということがわかります。ここに描かれる編集者、鈴木孝一氏との真剣そのもののやりとりは凄まじいまでの気迫です。
タイトルの「エレクトラ」にまつわるエピソードは読むだけでも痛々しいのだけど、こう言う「痛み」がなければ傑作は出来ないのかもしれないし、あえて健次を傷つけた鈴木氏の態度にも感服するのです。
鈴木氏だけでなく、その後担当を引き継いだ高橋一清氏にしても、また、妻で作家の紀和鏡氏なども健次の作品に深い洞察と理解を示し的確なアドバイスをしていて、いつしか健次は「岬」と言う小説で芥川賞を取るのです。
「天皇制の昏い歴史の底に吹きだまりあえぎつづけた死者たちをもふくめた声に耳を澄まし、文字を読めず書けなかったためになにひとつこの世に残せなかったそれら死者たちの声に「おまえが書け、おまえが語れ」と呪文のように耳元にささやかれながら山を歩くとき、草の上に行き倒れて死んでいったおびただしい巡礼者や行路病者の屍を幻視し、『その死骸がいま一人の私の姿であっても不思議ではない』(引用)と健次は思う。(本文抜粋)」
私は中上健次と言う作家は殆ど知らないも同然で、作品も後年のものを一つ読んだぐらいなのですが、被差別部落の出身であると言うことを隠さず、そこによって立ち、なおかつアイデンティティとして作家となった健次の気迫が本書から感じられ、圧倒されるのです。作家になるには文章力だけではなく、その背景や背負ったものの大きさが大事で、そして人の胸を打つことが出来るのかもしれないと思いました。
彼の人生が終わるとき、本書によるだけの短い付き合いなのに、とても感慨深くなります。ふるさとの開放同盟のメンバーでもある弟同然の楠本秀一氏や永井隆氏が、健次を失った二人の嘆き、あるいはそれまでの編集者や意思であり幼馴染の日比氏や奥さんのかすみさんの喪失感が伝わり、胸衝かれる思いでした。





そして去年から同じく部落解放についての本「水平記」を積んでるので早く読みたくなりました〜。
ちなみに、この本にでてくるリキのこと、とある邦画に繋がっているんですよねー。
高山さんの評伝ってわたしのなかでは要チェックです。
2008/11/04(火) 08:32:26 | かっこー │ URL | [編集]