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エンブリオ/帚木蓬生

4087478734エンブリオ (上) (集英社文庫)
帚木 蓬生
集英社 2005-10-20

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4087478742エンブリオ (下) (集英社文庫)
帚木 蓬生
集英社 2005-10-20

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ものすごくセンセーショナルな内容です。倫理的にはとうてい受け入れかねる設定なのに、作品中でいかにも「当然」のように行われているその医療行為は、実は「正しい医療行為」なのだと、錯覚しそうになります。主人公の医師が「営利優先」ではなく「患者優先」の医療を行っている事からもなおさらです。ある意味ではとてもヒューマニストなのです。そういう意味も込めて、久坂部羊の「廃用身」に通じるものを感じました。
「エンブリオ」とは子宮のなかにいる胎児のこと。
本書の主人公である岸川医師のもとには不妊で悩む夫婦や、密かに堕胎手術を受けたい女性などが集まります。彼らから絶対的な信頼を受けている岸川は、腕にも相当な自信のあるサンビーチ病院の院長。そこで行われいているのは、実は常軌を逸した医療行為なのです。
たとえば、(以下、ネタバレ含みます。)のぞまれぬ妊娠をして堕胎手術を受けた後の胎児は、病院で凍結保存、必要になれば臓器を培養増殖させて本人の(この場合、母体)臓器移植に使うことができる。
あるいは、死亡した若い女性の遺体からは卵巣を取り出して保存、培養。それは後に不妊治療のために使う。一見すれば「合理的」「無駄のない」「無駄にしない」医療行為なのかも知れません。しかしよくよく考えてみれば、どこか感覚が狂っているようにも思うのです。
それが明らかに「それは変だ」と思うケースでは、故意に妊娠・中絶し、胎児の脳みそを父親の脳に移植する。パーキンソン病の有効な治療の一環として。。。。
そして極めつけは、男性の妊娠。。。
それらを岸川はひそかに隠れてやっているのではなく、大々的に日本で宣伝こそしないけれど、海外の学会では発表するなど、決して悪びれる事はなく法に触れないということからも、倫理的人道的にも問題のない医療行為だとしているのです。
小説としては、岸川の女癖の悪さや相手の女優の舞台の描写など、あまりストーリーに関係ないと思われるシーンが多く、ミステリーなのかそうでないのか中途半端でもあり、その分散漫冗長になってしまったような印象があったけど(そういう部分を斜め読みしてしまう)ものすごく大きな問題を抱えた恐ろしい小説だと思いました。
たとえば将来病気になるかもしれないことを懸念して、わざと妊娠し、その子を中絶し、いざと言う時のために冷凍保存しておく。あるいは子供が病気で危ない時、移植しか助かる道はないというとき、妊娠中の二男を中絶し、その臓器を長男のために使う・・・。それらは実際に今後起こりうる事態なのではないでしょうか。
結局他人の臓器を移植したところで、拒否反応などの避けられないリスクがあるのでしょうが、この方法だとそういうリスクは極めて少ないわけです。
それが人智を超えているとか、神の領域であり人が踏み込むことは許されない医療行為だとか、言うのは簡単ですが、人間は自分が助かるためにはどこまでも貪欲になる生き物なのかもしれません。そして後戻りの出来ない生き物でもある。
ある意味では、非情に「命」を救うことに熱心な岸川ですが、その実は命を命と思わない冷徹で非情な人間なのです。
いつかこの岸川に天誅が下る事をのぞみつつ、釈然としない気持ちで読み終えました。
続編と言われる「インターセックス」も読むのが楽しみです。


4087753867インターセックス
帚木 蓬生
集英社 2008-08

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