性犯罪被害にあうということ/小林 美佳

4022504218性犯罪被害にあうということ
小林 美佳
朝日新聞出版 2008-04-22

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タイトルの通り、性犯罪にあってしまった著者の、実名と顔写真を公開しての手記です。
彼女は恋人と別れたことを引きずり、泣きながら夜道を自転車で家路についていました。道を聞かれ、答えようとしてクルマに引きずり込まれ・・・。
不幸にもレイプされてしまったときに人はどうなるか、それは想像もできないぐらい壮絶なものでした。数々のトラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)は、実際に被害者でないとわからない、気楽に「想像できる」とは口が裂けてもいえません。
削除したいのは「記憶」ではなくて「事件」そのもの。でも削除なんて実際には出来ない。時間は戻らない。起きてしまった事はなかったことに出来ないのです。
どんなにか、人は傷つくのか。
加害者側はきっと分からない。すごく気楽な感じでレイプしたのだと思う。この被害者と加害者の気持ちのズレは、どこまでも交わる事はないのでしょう。「悪いことをしたと反省してほしい」「ごめんねと思っていてほしい」・・・繰り返す著者の言葉が胸に響くのです。
娘として一番この人の事を愛しているはずの両親にさえ、彼女の苦しみは理解されず、両者の感情もまたどこまでもズレてしまい、彼女はさらに苦しむ事になってしまいます。肉親による二次被害は悲しいことにとても多いんだそう。
インターネットサイトでの交流やカウンセリングを受けたり、心理カウンセラー育成の専門学校への通学を経て、彼女は「事件被害者を支援する活動がしたい」と思うようになり、片山徒有と言う人に出会います。このひとは、息子さんをダンプカーに轢き逃げされてしまったという事件の被害者でした。この人との出会いで、著者は前向きになっていったようです。
(これがまた涙なくてはおれない事件でした。http://www.ask.ne.jp/~tadkata/js/index.html
一番理解し、愛しているはずの家族に傷つけられ、かたや、見ず知らずの人間に救われとはなんと言う皮肉。しかし、それが案外真実なのではないでしょうか。あまりにも身近であればあるほど、物事を冷静に受け止める事は到底無理で、でも、だからと言って傷つけて良いと言うことは間違ってもないはずで、傷つけたいと思ってるはずもなく守ってあげたい、癒してあげたいと思ってるに違いないのに・・。
人間関係の難しさは、こういうときこそ浮き彫りになるのかもしれません。
彼女は「被害者を救うのは周囲の理解である、理解を得るためには伝え合わなくてはならない」と言います。家族との間に衝突やすれ違いと言う「溝」ができたのも、お互いの気持ちをきちんと伝え合う事ができなかったから。家族の本当の気持ちを知れば、もっと被害者自身も救われるのだと。
伝え合い、理解し合っていくことの大切さ。
被害者がもとめ、被害者を支援するのは周囲の人たちなのだから。
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16:47 : [本・タイトル]さ行トラックバック(0)  コメント(0)

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