神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩/石井 光太

神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く
神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く石井 光太

新潮社 2007-09
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おすすめ平均 star
star実体験は少なくとも卓上の勉学よりは貴重であろう
star圧倒される現実。これは虚構ではないのだよな。
starイスラムを理解できるファンタジー

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「もの乞う仏陀」の石井光太氏が、イスラム圏の風俗に焦点を当てて、実際に半年以上その場に身を置いて、見聞きしたもの感じたものを纏め上げたルポ。
今の日本で、普通の生活をしていたら、考えられないほど貧しい人々がここには書かれています。それは「もの乞う仏陀」でも同じだった。たとえば、物乞いをするために、自分で体の一部を切り取ったり、子連れのほうが同情を拾いやすいと言う事で、子どもをさらってきて、その子どもの体や顔の一部を切り取り、より多くの施しを受けようとしたり。
今回は、生活のために身を売る女性や少年を取材しています。
最初のうちは、そういった生活の中でも「一生懸命に生きている」人たちを見て、著者はこう言う人たちを「救おう」としているのではなく、どこまで共感できるか、出来る限り彼らの人生を肯定したい、と言う気持ちがあるのではないか?と感じました。
しかし、読めば読むほど、そういう感覚はなくなり、ひたすらその凄惨な生活にたじろいでしまう気持ちになりました。
先日、どこかのタレントさんが「チャリティとか慈善という言葉は嫌いだ。施すと言うのは、上からの目線だから。助けてあげなければと思うよりも、こちらも向こうの人たちから学べる何かがあるはず、お互いにそういう自分たちの持っている素晴らしい部分を交換する気持ちになるべき」とかなんとか言っていました。誰だったか忘れたし、言葉も正確には覚えてなくて、いい加減なもんですが概ねこんなことを言ってました。
この本を読み始めたときは、そのタレントの言葉をふっと思い出しました。
最初にそのタレントの言葉を聞いたときは「いい事を言うなぁ」と思ったんですよね。。
でも、13歳の自分の娘と同じ年の子どもが、体を売らなければ生きていかれない現実を、どう捉えたらいいのか。お金なんて、日本円にして数十円とか、あるいは一食分とか。中にはもっと酷い事をする人もいるようです。自分の娘がそんなことになったとして、それがそのタレントさんの言う事で済まされるのか。どうか、娘を助けて下さい、と言いたいでしょう。路上でしか生活が出来ない、食べるものもない、体を売ることしか出来ない生活、想像すらできないような貧困。。貧困と言う言葉すら、追いつかないほどの底辺で生活でする人たち。彼らに「お互いに素晴らしい部分を交換しましょう」と、言えるんでしょうか。この本を読みながら、ずっとそんな気持ちになってしまいました。
石井氏の文章は、会話文があまりにも小説調で、ノンフィクションらしくないのです。そこが反発を受けている部分もありますが、それでも一読の価値ある本だと思います。
思っちゃいけない、それは思い上がりだと思う、でもどうしてもその生活と自分の生活を比べてしまい「よかった、日本に生まれて」と、思わずにはいられないのです。

著者の石井光太氏のHP「コウタイズム」はこちら
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