いじめはなぜ防げないのか+教室の悪魔

4022502673いじめはなぜ防げないのか 「葬式ごっこ」から二十一年
豊田 充
朝日新聞社出版局 2007-07-20

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4591095940教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために
山脇 由貴子
ポプラ社 2006-12-21

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子ども同士の「いじめ」って言うのは、今の時代はものすごく恐ろしいものです。大げさに騒いでいるとか、子どもに堪え性がないとか、そんな次元ではないようなのです。
その具体的な例があげてある本が「教室の悪魔」です。
まず、この「教室の悪魔」には、驚くべき現代のいじめの様相が書かれていますが、にわかには信じられないようなケースがたくさん。
特に考えさせられるのがケータイやインターネットを使ったいじめ。メールで悪口をばら撒いたり、根も葉もない誹謗中傷をばら撒く、本人だけではなく親の悪口なども。知らないうちに出会い系サイトに登録されていたり。こう言うのは昔では考えられないいじめの種類ですよね。
で、誰がやったのかわからない、どんなメールが飛び交ってるのか分からない、それで精神的に追い込まれてゆくのです。
そのほかには
・共犯関係を演出しては「一緒に遊ぶんだろ?」と脅し、金銭強要する子供たちの話
・女の子同士で下着を隠したり貼り出したりと徹底的に「恥ずかしい思い」をさせていじめるケース
・いつも常に「汚い」『醜い」と言い続ける事で、言っている方も集団ヒステリーに陥り本当にターゲットが「汚い」と感じ、またいじめの被害者も「自分が汚い」という強迫症に駆られてしまう
・教師やオトナに発覚しないように、見えないところで小さな暴力を続ける(コンパスの針で背中を刺し続ける)
・奴隷にしてしまう。いじめにより被害者の心が挫けている時に「いじめるのを止めてあげるから」と、言われると万引きから援助交際までなんでもしてしまう。そういう気持ちに追い込まれている。
などなど、実際にこのようなすさまじいイジメが(れっきとした犯罪ですよ)描かれていて驚きを通り越して暗澹たる気持ちにさせられます。
この本の、しかし、一番重要な点は「もしも我が子がいじめにあったら親はどうすれば良いのか」と言う点が、しっかりと示されている事。
ともかく、親は「子どもを守る」事が重要。と著者は言います。
いじめに合っても親には相談しない(出来ない)子どもが多いので、親は自ら子どもの異常に気付かねばなりません。その点もチェック式でいじめられたいる子どもの発する「合図」を書いてあるので、わかりやすく参考にしたい本です。


さて、もう一つの「いじめはなぜ防げないのか」は、「葬式ごっこ」の餌食となって自ら命を絶った鹿川君の一件を中心に、学校が「いじめ」を隠したがる体質であることを問題提起しています。
なぜいじめは防げないのか・・・それを考える事で、いじめの実態に迫りいじめを防ぐ、なくす方向を模索したいと言う著者の意図。
ともかく、学校や教育関係者たちはいじめがあったことを認めない。認められない構造が出来上がってしまっているのです。いじめを隠そうとするのです。
驚いたのは99~06年までの7年間に、いじめが原因で自殺した子どもの数は「0」になっていたのです。
文科省が各都道府県教委に通達しているいじめの定義と言うのがある。
・自分より弱いものに対して一方的に
・身体的・心理的な攻撃を継続に加え
・相手が深刻な苦痛を感じている
という3定義。
しかしこれに86年に「学校としてその事実を確認しているもの」と言うオマケ定義をつけたために、たとえいじめが実際にあったとしても、「学校は知りませんでした」という事でいじめを否定する事になってしまう。
その結果、86年のいじめの報告件数が3分の一に減る。
しかし、その後いじめが多発したために94年にこのオマケ定義を撤回したけれど、現場では「いじめは確認しなければいいのだ」と言う「見て見ぬ振り」「事なかれ」主義が定着したと、著書は指摘。
しかし、94年に北海道滝川市の小学6年の少女が遺書を残して自殺。しかし、学校側は1年以上その事実を隠してきた。発覚してからバッシングの報道があったのですが、それをきっかけにいじめ自殺「0」の実態をもう一度見直すことになります。
遺書があれば「いじめと自殺は関連があった」とされるけれど、遺書がなければほぼ「いじめと自殺の関連」は否定される。どんなにいじめを苦にしていたかがわかっていても。こんな理不尽な事はないのではないかと思います。

子どもたちを取り巻く社会はお先真っ暗に思えてなりません。子どもたちの今のような「いじめ」が出現してきたのは「つっぱり」がなくなってから、と言う一説があります。つっぱりくんたちは気に入らない事があると教師を殴る暴力を振るうなどの過激ではあったけど、言いたいことをストレートにぶつけてきた、だけど、それを徹底的に押さえつける事に成功してからツッパリがなりを潜める代わりに、陰湿ないじめが始まったと。
それが時代的に、ファミコンなどゲームのたぐいが子どもたちの間に広まった頃と時を同じくしている。もしもゲームの影響だのなんだのというのなら、ゲームを子どもに売りつけ利益を得ようとしているのはオトナたちではないかという話です。
うまく感想をまとめる事はできませんが、今病んでいる子供たちの世界は、そっくりそのまま社会が病んでいると言う事の反映ではないかと思います。

いじめをなくそうとするよりも、まず大事なのは「いじめがある」ということを認めること。簡単なようでむずかしいのかもしれません。でも、子どもたちのために一番良い方法を考えるべきなのではないかと思いました。
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15:01 : [本・タイトル]あ行トラックバック(0)  コメント(0)

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