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火花―北条民雄の生涯 /高山 文彦

4043708017火花―北条民雄の生涯
高山 文彦
角川書店 2003-06

by G-Tools


ハンセン病を病みながら純文学の道を目指し、「いのちの初夜」その他多数の傑作を世に出しながらも、病ゆえに23歳の若さで夭逝していった北條民雄の人生を描いた伝記モノです。(わたしはこの作家を知らなかったのですが…(^^ゞ
ものすごく読み応えがあったのは、いのちの限りを傾けて作品を世に送り出した凄絶な民雄の、短い人生、「ただ生きている事が尊い」と言う心境になるまで、どんな心の葛藤があったのか余す所なく描かれていると言う事です。
著者は民雄の生に死に揺れる心理を、絶望と虚無の中から這い上がり蘇る心境を、その手紙や日記や友人たちの言葉、そして行動の足跡から丁寧に推理し考察されているのですが、妙に感情的にならずすべてを冷静に捉えた視線で描かれたそれらは、とても鮮やかで力強い説得力がありました。
そして彼を支えたのは、師の深い愛情と同病仲間の心からの支えがあってこそ、と言う事が全編にわたり感動を呼びます。

病気そのものよりも、今ではまったく想像もできないほどの差別と無理解にさらされることでよりいっそう苦しまされたハンセン病。(本書では当時の呼び方そのままに「癩病」と書かれています)
国が長年にわたり、強制隔離・絶滅政策をとり、その病気になった人たちは徹底的に排除されました。
一家に一人この病気を患う人があれば、一家離散の憂き目も珍しくなかったそうで、主人公の民雄も病気が知れるや父親に、戸籍から削除されてしまいます。
民雄に限らず、病人たちが受けた差別や苦難(などという簡単な言葉で表せない)は想像をはるかに超えるものだったはず。ただその中に身を置き諦めた人もいただろうし、泣き暮らしたり恐怖に発狂してしまう人もいただろうし、差別からの開放を目指して闘った人々もいて、それぞれの人生があまりにも過酷で苛烈な苦労・苦しみに満ちていたのです。
(と、差別した当時の人々を遠い所から責めることは簡単だけど、おそらくと言うかほぼ間違いなく、自分がそこにいたら差別する側に回っていたに違いない)

民雄もそうして苦しんだ人の一人ではあったけれど、文学の道を志す彼はあくまで、文学者としての立場から病人たちから一歩離れたところに立ち、常に観察者であろうとしました。
そのため、この北條民雄の生涯を読んでみると、一般のハンセン病患者の苦悩や苦しみ、とは一線を隔す民雄独特の苦しみがあるように見て取れます。

「いのちの初夜」は「文學界」に掲載され絶賛を浴びますが、そこに至るまでのまさに血がにじむような思いは、ひたすら読者を圧倒します。
そしてなによりも、この時代、ハンセン病患者が触ったものに触れるだけで感染する、と言う誤解が平然とまかり通っていたこの時代に、突然見知らぬ民雄から「文学の師となってくれ」と手紙で頼まれ、少しも嫌がることなく引き受け、その後も惜しみないアドバイスと援助を続け、魂が触れ合うような交流のなかで、「いのちの初夜」の出版まで面倒を見た川端康成という人物の大きさに感動しました。
自分自身も「雪国」その他の作品の執筆や出版など、激務のなかで身体をこわしたりしながらも、民雄になにくれとなく温かい支援を送り続けた川端康成の、なんと立派なことか。失礼ながら川端作品は一冊も読んだ事がないのですが、いまから必ずや読もう!!と言う気持ちになりました。
川端は作品が世間の注目を集めると「孤独に、こころを高くしていなさい。文壇小説など読まず、ジャーナリズムとも接触せず、ただトルストイやドストエフスキーやゲエテなどを読みなさい。それが自分にとって一番よい批評となる」というアドバイスを何度もしているのが印象的です。そして常に体をいたわるようにと、手紙に書かれているのも…。
また川端康成が民雄の「間木老人」という作品を初めて世に出し「いのちの初夜」の初出雑誌でもある「文學界」と言う雑誌の歴史がここに描かれています。
ファシズムの台頭する時代(226事件などの起きた時代)徹底的にプロレタリア文学が弾圧され、どんどん発表の場を失い、表現の自由を失ってゆく作家たちが「文学」を守ろうとする努力や姿勢が「文學界」を何度も廃刊の危機から救い、存続させてゆくのですが、彼らの熱い思いに胸を打たれました。
「文學界」が今に至るのは川端康成や小林秀雄らの文学者たちの努力があったからなのですがそのあたりの昭和初期の「文学史」もとても読み応えがありました。最終的には二つ返事で現在の文藝春秋社に引き受けた(編集者もろとも)菊池寛の男っぷりも見事です。
川端康成だけではなく、同病の友達(友達が少なかったようですが)との血のつながりを超えた情愛、生死を共にするものの心のふれあいにも感動させられました。特に光岡良二というひとの「どんな苦しい変化でも、必ずそこに新しい世界がある」と言う言葉も印象的です。
彼らの本当に民雄を思い、支えようとする気持ちには何度も泣かされました。

人生は暗い。だがたたかう火花が一瞬暗闇をてらすこともあるのだ、という民雄の言葉が胸に残ります。しばし余韻に浸りたい迫力ある一冊でした。
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11:21 : [本・タイトル]は行トラックバック(1)  コメント(3)
こんにちは。
この本、私の五つ星です。感動的な本ですよね。
この本を読んだ後、「北条民雄全集」・・と言っても
文庫本2冊ですが(^^;買いました。
でも、まだ読んでません。読まなくちゃ・・・(;^_^A

2007/02/27(火) 15:51:40 | ゆこりん │ URL | [編集]

shortさんの『火花』の感想をどうしても読ませてもらいたくて、探しているうちにこちらに辿り着きました。
心から毀れるもの、迫ってくるものがいっぱいですね。
私もこれを読ませてもらったら、益々本が読みたくなってきました。
どうも有り難うございます。

2007/02/27(火) 20:21:35 | ワルツ │ URL | [編集]

>ゆこりんさん いらっしゃいませ♪
お読みでしたか。すごくよかったです!
書いたとおり3回読みました。
民雄の生涯も好きですが、当時の文壇事情のあたりが好きです。
民雄がヘレンケラーなら、川端はサリバン先生のよう。
心に残る一冊でしたね!

>ワルツさん♪
ようこそです。遠路はるばるようこそお越しを!(笑)
ごめんなさい、日記に書いておきながらここをリンクしておきませんでした。
ともかく感想文がヘボいので、恥ずかしかったのでした(^^ゞ
でも、ワルツさんにも「読もうかな」と思っていただけたら書いた甲斐があったです。
小林秀雄さんもいい味で登場します。読んで損はないです。オススメします♪
また読まれたら熱く語り合いましょう!(笑)

2007/02/27(火) 23:26:49 | short │ URL | [編集]

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