【本】わが妄想/モハメド・オマル・アブディン

4591134571わが盲想 (一般書)
モハメド・オマル・アブディン
ポプラ社 2013-05-16

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こちら、盲目のアブディン氏(以降勝手にアブさんと呼ぶ)が、遠きアフリカはスーダンから単身日本へやってきて、東京→福井の盲学校で鍼灸と日本語の勉強をして、その後つくばへ、やがては東京へと渡りながら、日本で暮らした15年間の波乱に満ちた日々を綴ったエッセイです。
アブさんの存在は、友人であり、この本のプロデューサーである高野秀行さんの文章にちょくちょく登場するので、以前から知っていた。
だから初めてアブさんの本を読んでも「はじめまして」と言う気がしない。親近感があった。
もともと高野さんとは、盲人サッカーと言う競技が縁で知り合ったのだとか。
本書にも高野さんはもちろん登場します。

さて、しかし本書の内容は、驚きの連続。
アブさんの人となりから、経歴から、スーダンの人々の生活・家族関係から、想像を絶することと、感心することばかり。
文章の上手さや、散りばめられたユーモア、前向きで闊達であり、ちっとも「身体障害者」と言う「哀れみ」(この辺は語弊があると思うので不適切だとしたら申し訳ないです)を感じさせない明るさ・・などなどのおかげで、最初から最後までとても楽しく読むことが出来た。

だいたい、もしも自分の目が見えなかったら、海外へ・・しかも全然知らない遠い遠い国へ一人で留学しようと思うだろうか。それも、在学中の大学をやめてまで、鍼灸というまったく未知の分野の勉強をしに?
その時点ですでに「すごい勇気だ」と感心するんだけど、日本へ来てからもチャレンジの連続で、その能動的な積極性には、本当に感心させられてしまった。
とにかく、日本語は初心者ということで、日本語を覚えていくくだりが描かれている。まず、アブさんの見る見る日本語が上達していく吸収力にも驚かされる。目が普通に見えていても、まるで知らない言語(しかも、非漢字圏の国のひと)をマスターするということは、かなり難しいことだと思う。なのに、目が見えない人が、日本語と漢字をきちんとマスターするとは??想像もできない。粘土に文字を書き、指でなぞり、漢字を覚えたみたいで、教えるほうも覚えるほうも並大抵のことじゃないと、ただただ感心するばかりだった。
そして、日本人として普通に使っていると気づかないことを、アブさんが感じた疑問などにより、「日本語って面白いな」と、逆に発見させられた。
たとえば「留学」と言う言葉。漢字を覚えるときに、アブさんは「流学」だと思ったんだとか。「流れて学ぶ」と「留まって学ぶ」では真逆の意味になるが、アブさんが言うとおり、遠方へ「流れて」学ぶのだから、たしかに「流学」と書いてもおかしくない!
何も考えずにただ、そこにある漢字を覚えてきただけの私には、とても新鮮な発見だった。ダジャレ(というか、オヤジギャグ)によって日本語を吸収していくあたりは、おかしくもあり、感心もする。オヤジギャグも役にたつんだな・・と(笑)。
そんな風に、日本と言う国を、スーダンからの「流学生」アブディンの視点で見て、様々な疑問や矛盾を突きつけられた。日本語の面白さのほかにも、学生の就職活動や社会人になると言うことの意味のなど、いつもと違う視点で自国を見ることが出来たように思う。
そしてまた、私にとって未知の国、スーダン(痛ましいことに、今ちょうど水害で大変なことになっていると言うニュースが流れている)が、少しなりとも身近に感じられる。
スーダンは内戦や紛争があって、アブさんの身近な人たちも、おおぜい犠牲になっている。だからアブさんはスーダンの障害者の人たちのためにNPOを立ち上げたり(HPがあったので貼り付けておきます→CAPEDS http://capeds.org/)大学で研究したりしているそうだ。
本書の終わりには、これまたすごいエピソードで綴られる結婚への道のりや、悲しい東日本大震災での顛末などが描かれている。
いろいろと、とても興味深かった。
ぜひとも家族で廻し読みしたい一冊だと思う。
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13:23 : [本・タイトル]わ行トラックバック(0)  コメント(0)

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