【本】トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所/中田整一

4062161575トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所
中田 整一
講談社 2010-04-09

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太平洋戦争中、アメリカ陸海軍が共同管理をして、日本軍捕虜の尋問に当たった。そのための特別施設、赤煉瓦のその建物を(あるいはその所在地を)暗号名「トレイシー」と呼んだ。
トレイシーで何が行われたのか、アメリカは日本人捕虜からどんな情報を得たのか・・・もうひとつの「戦争秘話」とでも言うべき実態を丹念に追ったノンフィクションです。

捕虜尋問・・・というと、グァンタナモをパッと思い出しました。
アメリカは捕虜に対して拷問したり虐待したり、とても非人道的な振る舞いをしていたと言う印象が強かったですが、少なくともこの太平洋戦争中に日本人俘虜が受けた扱いは、ジュネーブ条約にのっとった、きわめて人道的で、時には人間味や友情すら感じさせられる扱いでした。
しかしその実トレイシーでは、ジュネーブ条約で厳禁されている「盗聴」と言う手段をも用いて、徹底的に日本人から情報を収集していたのです。
「北風と太陽」の北風のように、ひどい扱いを受ければ心は閉じてしまい、情報は得られない。でも太陽のように「あめ」を与えれば、人は心を開き情報を漏らしやすくなる・・・。
アメリカ人の心理作戦の巧みさにうなってしまいます。
日本が【情報】と言うものに重きを置いていなかった戦争の早い段階から、アメリカは日本の情報を盗むことをとても重く考えていたと言うのです。
日本語というのは、アメリカ人にとってとても難しくて難解きわまりなく、そのうえ方言があるので、言葉の理解にかなり苦労した様子です。
だから日本語修得にはとても精力を費やしたよう。そのように着々と準備を進めて、日本人俘虜から情報を得て・・・
その過程では、尋問官と俘虜の間に友情のようなものすら感じる場合もあるのですが、結局はそれすらも軍部に利用されて、情報を引き出すための手段にしかされなかったのでしょう。
冷徹無慈悲に見える日本軍、ファシズム・・だけど、アメリカはフレンドリーな顔をして、その実それを上回る周到さ、したたかさを持っていたということなのではないでしょうか。
そりゃ日本は負けますって。
尋問官は日本に精通した人物が適任だったことから、戦前に日本に住んでいた人たちが着任しました。たとえば宣教師なども・・・。その尋問官が戦争直後に日本を訪れて目にした焼け野原に、あまりにも記憶にある日本との違いに愕然とします。自分が行ったことの顛末に大きなショックを受けて、トレイシーのことは記憶から削除したようだと言う話などは、日本俘虜だけではなくアメリカの尋問官にも大きな傷を残したのだな~と思うと、それがやっぱり戦争の悲劇のひとつだと感じました。
そして、読み終えて印象に残っているのは、「生きて虜囚の辱めを受けず」という徹底教育が染み付いた日本兵たちの哀れ・・。捕まったときにどうしていいかわからないんですよね。死ぬしかないと思い込んだりもして・・・。
驚くのはこの「生きて虜囚の辱めを受けず」は、戦後何十年経った今でも人々の体質に染み付いていると言うことです。そのために、兵士の死がうやむやのうちにごまかされたまま、アメリカに墓があっても遺族は何も知らされてないという事態があったり、その対処がまるで出来なかったりという、言語道断の対応になったり・・・うまく書けないので興味のある人は本書を読んでくださいね(^_^;)
そんな風に死んでしまった戦友の死の真相を探るために、奔走された内角義男氏のエピソードには本当に頭が下がりました。
兵士の命の扱いが日本とアメリカでは正反対で、人命を一番に重視するアメリカに対して、日本では人の命はまるで軽く扱われ・・たとえば、軍艦には救命設備がほとんどないとか・・今回もそれが書かれていてやっぱり暗澹としました。日本は負けてよかったのだ・・・と思わずにいられません。
しかし、そのためにどれだけの犠牲があったかと思うとなんとも言葉もなくやり切れません。
本書刊行に際しても、いろんなご縁が重なっていたと言うあとがきを読み、しみじみと感慨を感じました。

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