【本】緋色の記憶/トマス・H. クック

4167218402緋色の記憶 (文春文庫)
トマス・H. クック Thomas H. Cook
文藝春秋 1998-03

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「夏草の記憶」に続き、同じ著者の記憶シリーズ「緋色の記憶」を読みました。
チャタム高校で起きた恐ろしくも悲しい事件に関わった、今は老いた弁護士である主人公ヘンリーの記憶。
あるときチャタム高校に美しい美術教師チャニングが転任してきた。当時学校長の息子であり同校に通う生徒だったヘンリーはその立場上からも、美術の好きな少年と言う立場からも、ミス・チャニングには近しい存在になっていく。
やがて、ミス・チャニングは同僚の教師リードと恋に落ちる。リードには妻子があるにも関わらず。
それが大きな悲劇になっていくのだった。

と言う話ですが、この人の書く「記憶シリーズ」と言うのは全部そうなのか(「夏草の記憶」もそんな感じだったけど)1・事件がある  2・事件の真実に迫る・・と言う流れではなくて、読者には何が起きたのか、誰が何をしたのか・・と言うのは最初は全然、皆目分からないのです。
せめて「何があったのか」と言うのが分かれば読みやすいかもしれませんが・・。
読みすすめていくうちに「この人が何かに巻き込まれたらしい」「この人が被害者らしい」「この人が加害者らしい」と見当が付いていくんだけど、ぼんやりと輪郭が見えてきて、徐々に実態が明らかになると言う感じで、それも実態が見えても中身がまだ見えてこないという、周到な隠し様で、ともかくじれったいです。
真実が明らかになるまでなかなかの辛抱が必要です。
それが逆にたまらないというか・・魅力なんでしょうかね。
実際「何があったの?誰がしたの?結果、どうなったの?」と言う興味にグイグイと釣られる読書でもあります。
ヘンリー少年(老人)の思い出の中にある色んな思いというのも印象に残るところです。
チャタムという何もない平凡な田舎町を嫌い、いつかここを出て行くんだと言う思春期の気負い、そんなつまらない町になじんでしまっている父親への軽蔑・・・
何もかも投げ出して、どこかに行きたいという思い、だけど、それをするだけの決意もなく・・
というとても中途半端な少年時のジレンマと言うか、鬱屈が全編に見られるのですが、自分にも覚えがあるようなないような・・・共感できるところです。
そしてたとえば「人生とはままならぬものだ」と諭そうとする父親の言葉とか「心の飢えは人の定めであり、人はそのむごい苦しみを、信じることで癒すのだ」と言う一節や、全てを捨てたいのだけど捨てきれないのは、「自分以外のものに対する不可解な真心だ」などという一節が、ものすごく心に残っています。
ひとつを求めて、それが手に入っても、また次が欲しくなって現状に不満を抱く・・人は常に「飢えて」しまうものなのですよね。その飢えを癒すのは、結局は人の心、思いやりや真心だということ。
ヘンリーはそれを教えてくれようとした父親の気持ちが、その当時ではなく、年老いた今になって分かるのです。
人生とはまさにそうしたものかもしれません。大事なことは後からじわじわ分かってくるのかも。
皮肉にも、あんなにも離れたがっていたこの町に、老弁護士となったヘンリーは、い続けます。
ヘンリーがこの町にい続けるのには、それも独身を通すのにも理由があり、その理由がわかるラストは衝撃。
こういう衝撃を味わいたくて、また別の「記憶シリーズ」を読むと思います。





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