【本】こんな夜更けにバナナかよ/渡辺一史

4894532476こんな夜更けにバナナかよ
渡辺 一史
北海道新聞社 2003-03

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筋ジストロフィーの鹿野さんが、ボランティアとともに生きる姿を追ったノンフィクション。
第25回大宅荘一、第35回講談社、両ノンフィクション賞受賞。

人工呼吸器をつけているので、廃痰や体位変更など24時間のケアが必要。
ボランティアたちとの温かい心の交流・・かと思いきや、そうではなくて、どちらかと言うとけんか腰になってしまって、ある意味闘い?と言う感じも多々ある壮絶な介護日記。

たとえば、私が「あ、バナナが食べたい」と思ってバナナを食べる。それはわがままでもなんでもない。ダイエット中とすれば意思が弱いぐらいのもので、誰にも文句など言われないでしょう。たとえ続けて2本食べたって、呆れられこそすれ、だいたい怒られもせず終わっていくでしょう。
体の向きを変えるにしても、「よし、体の向きを変えるぞ」なんて思いもせずにやってます。寝返りなんかも無意識です。
息も普通にして、普通に喋る、歩く、動く、つかむ・・・テレビが見たければ見るし(無論家族とのチャンネル争いなんかはあるにせよ)それを、わがままと感じたことは一度もありません。
だけど、鹿野さんのような、全身性の重度しょう害者になると、私たちがごく普通に、意識もせずにやっていることをやろうとするだけでも、人の手を借りねば出来ません。
たびたび重なれば「わがままだなぁ」となってしまう。
だけど、本当にわがままなの?
鹿野さんにとっては、わがままと思われてしまうことをしてもらわないと、生きていかれないと言うことです。
生きることがすなわち、わがまま・・になってしまっている。
我らはよく「ひとに迷惑をかけてはいけない」と言われます。
あるいは「社会に貢献しなければならない」なんてことも、聞くことがあります。
じゃあ、社会に貢献も出来ず、人に迷惑をかけることでしか生きていかれない、鹿野さんのような人は生きていてはいけないの?
いやいや、そんなことはない。生きている人たちには絶対に生きる権利があるのです。
そもそも、迷惑を掛けるって言うけど、完全に人様に迷惑を掛けずに生きている人間がいるのか。
いませんとも。誰だって誰かの世話になってるんだから。
それを自覚するかしないか。
そして、迷惑を掛けているという自覚のある人は、迷惑を掛けられてもいいんだという許容の気持ちが持てるはず。
誰にだって「夜更けのバナナ」はあると思う。
それをお互いに尊重して、助け合いながら生きていかれる世の中を目指すべきだと言うことかな?
と、本書を読んで思いました。



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