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【話】鑑賞記録まとめについて

今年は愛用していた『鑑賞メーター』のサービスが終了してしまいました。
なくなって知るそのありがたみ、つくづく便利なサービスだったなぁと惜しまれます。(運営者さんいままでありがとうございました)
ほんとは鑑賞するたびにブログに感想を書けばいいんだけど、かなりの数を見ているので(自慢にはなりませんが)、ブログでは手間がいりすぎしまうんです。ほんと自慢になりませんが。とほほ。。
代わりに、いまはフィルマークスを使わせてもらっています。
キネノートもよかったんですが、ぱっと見がフィルマークスのほうがシンプルで見やすく、私には使いやすそうでした。
それでもやはり、感想メーターのほうかよかったのになーと思ってしまいます。
感想メーターの『まとめ機能』は前月、前年の鑑賞記録を一望できるまとめを、ブログにはることができました。
これはほかの記録サイトにはないサービスかと。
ブクログにはあるのですが、ブクログは新作映画、上映中の映画はフォローしてませんよね。ソフト化したものしか検索できないようです。
私はソフト化してない作品もちょくちょく見ているので、鑑賞記録に抜けができてしまいます。
でもまとめだけは、ブクログで作ることにしました。
ま、鑑賞記録なんて、そこまで厳密に、真剣にやらなくてもいいんですけどね。
(しかも年末の慌ただしいときに…)
我ながら呆れてしまいますが、なんせ趣味ですので。。。
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09:39 : [そのほか]未分類トラックバック(0)  コメント(0)

【映】ボヘミアンラプソディ



ボヘミアン・ラプソディ(オリジナル・サウンドトラック) [ クイーン ]

超話題作『ボヘミアンラプソディ』を劇場に見に行きましたよ。
クイーンって全然知らないのですが(有名な曲はもちろん聞きかじっていますが)これだけ評判がいいので、行ってみました。
もちろん、当時からクイーンのファンである方々に比べたらぜんぜんだと思うけれど、それでもとても感動したし、映画作品としても面白かったです。
やっぱり音楽っていいなーと思いますね。
特にライブ部分は鳥肌が立つほどの感動でした。
これは大画面で見てこその感動ではないかと思います。
当時からファンだった方々にはたまらないだろうなぁと思いました。

とくに有名な曲しか知りませんでしたが、こうして聴いてみると、ほんとうに多彩な感じですね。

主演のラミ・マレックってひと、知らないなぁと思ってましたが、『ナイトミュージアム』でエジプトの王様を演じた人なんですね。
恋人のメアリーを演じたのはルーシー・ボイントン。彼女は『シング・ストリート 未来へのうた』という、こちらもバンドを始めた少年の憧れの彼女で登場していました。この映画もとてもいいんですよ!
あとのバンドの人たちは、ベース担当役のジョゼフ・マッゼロしか知りませんでした。
しかし、この4人があとで本物のクイーンの映像が流れるんだけど、そっくりでびっくり!
とくにフレディは、役作りのメイキング映像を見てみて、その作り込みがすごくて感心しました。
オスカー候補になると言われているそうですが、納得でした。

どんな人にも人生はドラマティックなんだと思うけれども、こんな風に成功して、世界規模で大勢のファンを獲得してきたクイーンというバンドのボーカルとは、ほんとうにすごいドラマがつまっていました。
映画がそのすべてを語っているのではないでしょうから、本当に本人の人生とはどこまでもドラマティックなのでしょう。
たった41歳でなくなってしまったなんて、本人もファンも無念なんて言葉では足りないでしょう。
短くも激しい、花火みたいな人生だったんだなぁ。




以下はネタバレ感想です。
未見の方はご注意願います。

事実と違うことがあるのかもしれないけれども、この映画の内容についての感想です。


一番印象に残ったのは、メアリーとの関係でした。
フレディは最初は無自覚なんだけど、ゲイでした。
メアリーのことを心底愛していたのに、肉体的には男が好きなのです。
メアリーもフレディを愛してはいたでしょうが、ほかの男性と結婚して子どもを産みます。
それがフレディにとってとても苦しいことでした。
苦しむフレディの孤独感が切なくて哀しかったです。

バンドも売れて成功したんだけど、そうなるとどのバンドもそうだけど、ソロデビューの話が舞い込む。
フレディを利用しようとする輩も出てくる。
また本人も同じことを繰り返していてはマンネリ感や閉塞感もあるだろうし、新しい世界へのあこがれが出てくるのも頷ける。
ブライアンメイに「お前は自分で思う以上に俺たちを必要としているんだ」と言われながらもフレディはバンド仲間の元を去る。
去ってからのフレディがますます孤独になってしまい、周囲から必要とされ、成功して富や名声が得られても、決してそれだけでは人は幸せになれないんだなぁと思ったりさせられました。

大規模なチャリティコンサート『ライブエイド』への出演を決め、そこに向かってバンドの結束を取り戻す。
同時に、それまでは特定の『恋人』を持たなかったフレディはジムという恋人を得る。
今度こそやっとほんとうに幸せになるのかと思いきや、病気の発覚。
しかも当時は死の病として恐れられたエイズです。

ライブエイドの直前、フレディは家族に会いに行きました。
お父さんは「善い行いをしろ」とずっとフレディに言ってきた人。
お父さんにとってもフレディにとってもライブエイドへの出演は父親が言い続けてきた「善い行い」だったのだと思います。
死を前にして(親はまだ知らなかったんじゃないかな?)抱き合う父息子の姿にも感動しました。

ライブエイドのシーンは、往年のファンじゃなくても感動しましたね。
特に最後の歌『We Are The Champion』はトリハダもの。

この映画を見た人はおそらく皆さんそうするんじゃないかと思うけど、私もご多分に漏れず、クイーンの動画やこの映画の関連動画を漁っています(笑)

リアルタイムでクイーンを聴きたかったと思うけれども、聴いてもきっとハマってないだろうな(^^;
(当時の私には理解できなかっただろう)






23:58 : [映画タイトル]は行トラックバック(0)  コメント(0)

【本】コンビニ人間/村田 沙耶香


コンビニ人間 (文春文庫) [ 村田 沙耶香 ]

2年前に芥川賞を受賞した『コンビニ人間』を読みました。
芥川賞って私は苦手な小説が多かったので、だいたいスルーしていましたが、おススメがありましたので読んでみましたが、芥川賞の割には(と言うと失礼ですが…)とても読みやすい小説で、尺も短いしですぐに読めました。
面白かったです!
(以下は内容に触れています。未読の方はご注意願います)

主人公恵子はどうも、なんらかの発達障害的な問題を抱えているように思われます。
まず、小学生の頃のエピソードで、小鳥の死骸を見て「おいしそう」と思い、食べようと本気で考えるシーンがあります。
普通はその場合、死んだ小鳥の命について哀れに思うものです。
あきらかに普通と違う反応の恵子。
しかし、ここで恵子は、小鳥を埋めて作った小さな墓に、お花を飾る同級生たちに疑問を抱いています。
花の命は可哀想ではないのかと。
恵子から見たら、みんなが花を「殺している」ように見えたのです。
このエピソードは結構衝撃で、大きな問題を突き付けられた気分がしました。
普通ってなんだろう。
いつも普遍的に考えているつもりの、そんな疑問が常に、読んでいる間中浮かんできました。
たしかに私も花を折り墓に手向けたり、生け花として飾ったりします。
あ~私も花を殺しているわ!と。
そのとき、いちいち花の命をいただいていることに思いをはせたりしませんので…。ご飯を食べるときは「いただきます」と言いますけれども、花を折るとき「いただきます」とは言いません。(きっとお花を好きな方はそう思いながら摘んでいると思いますが)
生きとし生けるすべての命は平等で尊い、と口では唱えていても実際には思ってないと、今更気付かされた感じ(^^;
主人公は自分のその考えや生き方が、家族をも困惑させ心配をかけるので、一生懸命社会に溶け込むように努力しています。
その結果がコンビニ店員として働くことでした。
身近にいるひとの物まねをしたりしてなるべく「普通」であろうとする恵子のすがたに、「普通」ってなんだろうと思わされます。
普通じゃなくてもいい、人はみんな違う、違いを認め合う世の中であってほしい、金子みすゞさんの詩にあるように、「みんなちがってみんないい」と、差異を認め合う世の中であるように。
そう願っているつもりでしたが、恵子のように、ひとは「普通」であろうと努力しているよなぁと。
多かれ少なかれ、人は自分が普通であるように、努力している。
ちょっとははみ出して異端の振りをして見ても、それは「普通」の範囲内のことではないか?
その枠を超えてしまうと、「サイコパス」なんて言われてしまうのではないでしょうか。
みんなちがってみんないいと言ってもサイコパスはちょっとねぇ…(^-^;と、思ってしまう自分がいます。
サイコパスと言うほどでもないけれど、かなりの異端児が恵子のほかにも登場します。
他人を蔑み見下しながらも、その人たちほどの甲斐性もない自分を一生懸命正当化しようとする、矛盾を抱えた人物です。
自分の身近にいたら相当うっとうしいキャラですが、読んでいる分にはちょっと面白い人物でした。(かなりイライラさせられるんですけどね)
この人物によって、恵子の一生が決定づけられるのですが、恵子が選んだ(極めた)その生き方は結局周囲からは理解されない「普通ではない」生き方と言えます。
それを認められるか否か。
いや、本来なら、理想で言えば「認める」べきですよね。
でも、恵子は妹の赤ちゃんが泣いているときにも、泣きやませる(静かにさせる)だけならとても簡単だ、と平然と思ったりするのです。それが怖く感じてしまいました。
まさかその方法を実行した結果を、想像できるだけの「分別」は身についているんだろうなと思うんですが(身についていなかった子ども時代はそれで問題を起こしてきました)、そうすると「分別」ってなんだろう…とやっぱり思ってしまい…
自分が恵子の家族なら、本当に恵子の生き方を認められるんだろうか?と思ったり。
短い中でいろいろと問題提起された小説でありました。





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