FC2ブログ

茶々と家康/秋山香乃

4286028690茶々と家康
秋山 香乃
文芸社 2007-04

by G-Tools



いよいよ、この茶々シリーズの最後の本です。
秀吉亡き後の、石田三成の奮闘及ばず、諸大名が家康に懐柔され次第に関ヶ原の戦いに着々と進んでいく、それが描かれている前半と、後半はいよいよ関ヶ原の決戦に破れたあと、おとなしく余生を過ごしていた淀城の面々に家康が例の鐘に書かれた文字に難癖をつけて戦に持ち込み、豊臣家を断絶させるまで。
今までも書いてきたけど、このシリーズは茶々のイメージを全然違うものにしてくれます。
徳川の世の中が200年も続いて、その間に徳川に不利なことや徳川のイメージを壊すような事はかなり大幅に歴史の上から抹殺されたとか。家康が難癖をつけてまで滅ぼしたかった豊臣一族について、茶々は徹底的に悪女のように言い継がれ、その息子の秀頼についても事実以上に悪く語られてきた、というのは確かに否めないのでは。
実際には、賢く慈愛に満ち信仰心に篤い女であったというのがこの秋山説の茶々像。たしかにそんな風に思えてきます。事実はどうであったのか、それは今となっては誰にも分からないのだけど、でも、かなりの説得力を持つこの茶々のイメージ。
茶々を良く描いてあるからといって、於祢を悪く言ってるのではないところもいいです。二人の女はお互い豊臣を大事に思っていた、ちょっとした考え方の違いから、関ヶ原の時は別れてしまったけど、二人とも秀吉や豊臣家のことを心から思っていたこと、そんな二人の気持ちの動きなどもそれぞれが良く伝わり、実際にもこうだったに違いないと思わせられます。こんな風にふたりに思われた秀吉は幸せな人物であったと思います。

やはり一番の感動は、その生涯の終る時。
一緒に自害するという女たちに言います。「まずは生きてみよ。」と。自分の生涯を振り返り、生きてナンボだぞとみんなを諭し、一人でも多くの女たちを落ちさせます。
そして、息子秀頼との淡々とした、だけど心のこもった別れの場面。秀頼も見事な散り様です。男の中の男!
そして、この三部作通して茶々が望んだのは浅井家の復興、それがささやかに身を結ぶのだという結末も感動的なら、三姉妹の長女として妹たちの行く末を案じ心を砕くところも感動的でした。
落ちて生き延びた女たちは何代にもわたって茶々の命日にはお参りをしたとか、それは徳川の世では非常に危険な行為であったにも関わらず。それほどに人々から慕われた茶々が「悪女」なだけであったわけはない、と。
このシリーズをとおして、茶々というひとの一生涯を覗いた。読み終えて非常に感慨深いです。

ラムちゃんにお借りしました。ありがとうございました。

以下、「茶々と信長」の感想(以前の記事のコピー)
「茶々と秀吉」の感想はこちら
 ...続きを読む
スポンサーサイト



12:07 : [本・タイトル]た行トラックバック(0)  コメント(3)

そうだ、葉っぱを売ろう! /横石 知二

4797340657そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生
横石 知二
ソフトバンククリエイティブ 2007-08-23

by G-Tools



いつも、読んだ後に暗ーい気持ちになってしまうような「ノンフィクション」を好んで読む私ですが、今日は違いますぞ。
ものすごく気持ちがいい、前向きでパワーをもらえるようなノンフィクションをご紹介します。
それがこの本。「そうだ、葉っぱを売ろう!」です。
今から30年ほども前に、ある新米(たったハタチ)の農協職員(営農指導員)が、過疎にあえぐ瀕死の徳島県の上勝町を「葉っぱビジネス」によって、華々しく蘇らせる物語。
各種メディアでも頻繁に取り上げられているらしいので、ご存知の方も多いかもしれません。
著者は1979年に20歳で上勝町農協に「営農指導員」として採用されます。
小さな過疎の町で活気も覇気も感じられない、低迷しているという感じの町。
それではいけないと、著者が農家の人たちに「改革」を唱えても、「よそ者に何が分かる」と一蹴される。
そんな雰囲気の中で、頼みの綱である収穫元の「みかん」が冷害で根こそぎやられてしまうという大ピンチが襲います。
「ミカン農協」と言うだけに、ミカンに頼り切っていた上勝町の農協は、大打撃。しかし、そのピンチが逆にチャンスとなる、つまりミカンが冷害にあって初めて一丸となって復興に取り組むと言う、、、殆ど全てはそこから始まったようです。何か出来ないか、何かと模索した挙句に取り組んだ末に生れた「彩」事業。
葉っぱビジネスとはつまり、懐石料理などの「飾り」のような「妻もの」である「葉っぱ」を売るビジネス。ちょっと自然があれば葉っぱなんてその辺にいくらでもある、その葉っぱが売れるのか?という常識を覆し、ちゃんと「彩」というブランドの「売り物」になって、町を見事に生き返らせてゆくのです。
かと言って初めから「葉っぱビジネス」が成功したわけではなくて、もちろん苦労もあれば失敗も、いろーんな紆余曲折があるのです。それをどうやって乗り越えて行ったか、挫けない著者の頑張りに感動するのです。
そんな著者と気持ちを一体にして町の人たちも、いろんなことに取り組んでいく。その姿の前向きな事といったら、読んでるだけで元気が伝わってくるよう。そして、人と人とのつながりの大切さなども大いに再確認させられました。
著者は「暇ではいけない」と考えました。暇だと人の悪口や愚痴や、よくないことばかり考えてしまう、そんな暇がないぐらい「忙しい」ほうが人のためにはいいんだ。と。
でも、忙しいとは「心を亡くす」と書く、忙しい事は必ずしも人にとって「良い」事ではないと思っていたのですが、著者の言う「忙しさ」はここでは「生き甲斐」となっているんです。
この本を読めばこの町の人たちが、「忙しい」イコール「楽しく元気に生きている」ということが分かります。人々が元気になればもちろん、町全体も生き生きとしてきます。
この町は女性の年よりもパソコンやインターネットを使いこなしています。年寄りには出来ない、とあきらめない。
病気になっても自分の葉っぱや農作物を売ることが楽しみで、早く元気になろうとする。人を動かしているのは「気」なんだと、しみじみ思います。

見て!この表紙のおばさんの元気な笑顔を!
今の社会に一体何が必要なのか、答えがつまってる本だと思いました!
10:32 : [本・タイトル]さ行トラックバック(1)  コメント(4)