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虐待の家/佐藤万作子

4120038858虐待の家―義母は十五歳を餓死寸前まで追いつめた
佐藤 万作子
中央公論新社 2007-11

by G-Tools


2003年大阪府岸和田市で起きた虐待事件。
15歳のその少年が意識不明となってその両親に救急通報された時、体重はなんと24キロだったとのこと。そしてそんな状態まで追い詰めたのは、実の父親とその妻である義理の母親だった。
彼らの言い分では、言うことを聞かない息子に対し、身体的暴力と食事を抜くと言う「バツ」を与えた。それは3ヶ月(推定)にもわたった。
少年は一命を取り留めたものの、重い脳障害が残り、今までのような日常生活は出来ない体になってしまった。当然事件被害の詳細を訴える事も出来ない。
このルポは、その事件に「親の方」から迫ったものである。
放置すれば死ぬと分かっていながら「死んでも良い」と両親が考えたかどうかが、裁判の争点になったらしいが、それを紐解いてゆく。
多分に著者の推理や考察も交えてはいるけれど、多角的に事件を見ていて冷静に判断してある印象で説得力があった。
でも、どうもしっくり来ない部分もあるのは、読み手に虐待の実態が良く伝わってこないというか、親の言う事と少年の受けた被害とがあまりにもずれている感じがするから。
親の方はびっくりするぐらい虐待したと言う意識がないようなのだ。
もっと驚くのは、少年が食事を与えられずやせ細り、次第に正常な判断も出来なくなっていき、なんと自分の排泄物を食べていたと言うもので、それをこの義母もその目で見ているのに、その後義母が語るところによると「それをおかしいと感じなかった」と言うこと。ウンチを食べると言うことも衝撃なのだけど、それを目にしながら「変だと思わない」親の精神構造にもただビックリ。それって本当なのか?
もう一つ腑に落ちないのは、少年はこの家から逃げようと思えば逃げられたのだ。現に弟はこの家を出て祖父母の家に身を寄せているし、少年の方も実の母親と暮らすという選択肢もあったのだ。
なぜ少年がこの家に留まり続けたのか。虐待の家であるこの家に。
それがなぜなのかを紐解くもろもろが書かれたルポなのだけど、それだけに留まらず中学や福祉センターの、虐待児に対する支援のあり方にも言及していて深く考えさせられる。
この事件では、自分の価値観のままに子どもに接しようとした義母の融通の利かなさと共に、それぞれの機関が「自分に与えられた任務をこなせば良い」という、これまた融通の利かなさが悲劇を招いたのだと言うことが浮き彫りになる。
虐待をなくすために必要なことは、虐待を起こす保護者の側からの問題を考えていくこと、そのために行政ができる事はなにかと言う問題提起がなされていて、報道とは色々と違う視点で書かれていて、非常に読み応えがあった。
ちなみに、この事件が福祉関連にもたらした影響は大きいらしく「岸和田以前」「岸和田以後」と、線引きされる物差しになっているらしい。
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