2007'02.04
![]() | 生かされて。 イマキュレー・イリバギザ スティーヴ・アーウィン 堤江実 PHP研究所 2006-10-06 by G-Tools |
去年「ホテル・ルワンダ」を見て衝撃を受けたけれど、この本ではそれ以上の衝撃を受けたと言ってもいいと思う。
この著者のイマキュレーという女性は、ルワンダの大虐殺の3ヶ月間を狭いトイレに6人から8人のスシ詰め状態で過ごして、生き残った数少ないツチ族のひとりなのだ。
たまたま、フツの牧師にかくまわれて、過酷ではあるけれど生き抜くことができ(飲み食いはおろか、排泄も自由に出来ない。無論声を出したり体を動かす事も殆ど出来ないのだ)のちは国連で働き、こう言う本を出すのだけれど、「ホテル・ルワンダ」以上に生々しく恐ろしい虐殺の様子が、ここにありありと描かれている。
ある日を境に突然お隣さんが、仲良しが、親友が自分を殺しにやってくる恐怖。鉈を、オノを手に惨殺にやってくる。
惨殺と言うのは生ぬるい。まさに文字通り切り刻むように殺すのだ。女性はレイプの末に。
「ホテル・ルワンダ」でも、女性はフツに捕まるぐらいなら自殺する事を選ぶと言うシーンがあったけど、ここでも著者がそのように決意するシーンがある。
国連はおろか、よその国は逃げこそすれ、助けには一切手を貸さない。
ラジオでは「ツチを殺せ。ツチが生きていた痕跡をすべて消せ」という放送がある。
フツ同士でさえ、ツチに温情を見せれば即ためらわず殺す。
何百と言う死体が何重にも積み重ねられ、真っ黒な絨毯のようにハエがたかっている。もちろん、死体が腐るにおいは当たりいったいに充満している。
本当にいったい何が人をここまでおぞましい心に駆り立てるのか・・・。
そのルワンダの虐殺が細かに書かれているだけが本書ではない。
想像もつかないような絶望の中で、自分たちの愛する家族の命を奪ったフツへの怒りに燃えるのだけど、信仰をよりどころとしてそれを乗り越えて行く姿が印象的なのです。
何不自由ない暮らしをしているときは、信仰は上滑りしがちなのだと思う。逆境の中でこそ信心は熟成され、真の高みに成長してゆく。皮肉な事だけど、この体験で著者は神の存在をより身近に感じ、そして神の助けを得てこの状況を見事に乗り越えてゆくのだ。
しかし、それは並大抵の事ではない。
フツの人たちが悪いのじゃない、彼らの心に入り込んだ悪魔が悪いのだと、理性では分かっていてもこれほどの体験の後、あっさり許すという気持ちにはなれずに苦しむ。が、結局は「許す」と・・・。そして許すことで前進して行く。自分が救われるためには許すことが肝心なのだと言う事を身をもって示してくれるのだ。
でもツチのみんなが彼女のように思うわけではない。恨む人も、復讐を実行する人もいるだろう。いま、ルワンダはどうなっているのか・・・。
イマキュレーさんが言いたい事は、ルワンダの悲劇はどこの国でも起こりうること、虐殺によって傷ついたのはヒューマニティだ。
ひとりひとりの心に宿る愛こそ、世界を救えるのだ・・・と言う事。
彼女が言う「愛」の重み。
こんな事が二度とないように・・・とは、言葉が軽すぎて言うべき言葉が見当たらないのだ。






