うーん・・・!怖い!!
こんな親、もしも自分の子どもの学校にいたら、わたしたちどうすれば良いんだろう??なんて考えながら一気に読んでしまった。非常に恐ろしく、そして興味深い一冊でした。
「でっちあげ」によって、あれよあれよと言う間に坂道をどこまでも転落して行く、と言うより転落させられてしまったひとりの気の毒な教師の姿に、ただただ唖然、呆然そして慄然。
しかし、この教師、最初のニュースでは「気の毒」とは正反対の扱い。「殺人教師」として報道されているのです。
このサブタイトルに含まれる「殺人教師」という言葉から、まるで教師が子どもを殺したかのような印象を受けたのだけど、この事件では誰も死んだり怪我をしたりしていません。刑事事件じゃないのです。これは2003年6月に日本で初めてとなる「教師による児童へのいじめ」として世間を騒がせた事件の顛末です。
教師自身は児童をいじめた事もなく、体罰を加えた記憶もなく、「血が穢れている(児童には外国人の尊属がいるということで)」として言葉によっていじめた記憶もなく、要はまったく身に覚えのないことで、謝罪させられ、担任をはずされ、6ヶ月の免停になり、挙句最後は裁判で訴えられてしまいます。
ここに登場する、件の「児童の親」の「クレーマー」ぶりが凄い!!不気味なのです。そして、事を荒立てたくないというだけで、親の言うがままになってしまい、教師を信じないで「認めちゃえ、謝っちゃえ!」という感じの校長たち。謝ってしまう教師の自己主張のなさにも呆れるのですが、しかし今の学校では、教師よりも保護者が強い、と言う立場関係が浮き彫りになり、そのこと自体にすごくショックを受けました。自分はどうだろう、先生に対してどうだろう、と我が身に置き換えて考えずにいられず。また同時に、自分がこの教師の立場だったら?やはり同じように忸怩たる気持ちを殺して、心にもない謝罪をするかも知れません。
そしてマトモに取材もせずに一方的な記事を書いたメディアたち。本書は記者の実名入りで、告発とも思えるような厳しさでそのメディアである「週刊文春」「朝日新聞西日本社版」を糾弾していますが、読めば読むほど各社の報道姿勢には疑問が沸きまくり。「取材」あっての「記事」ではないのか、記者がそんな風ならこっちは一体何を信じればいいの??素人にだって分かる事を、彼らはしてない------たとえば、「浅川くんの親って、どんな人?」と同級生の親何人かに聞くだけでも良かったのでは。------これって記者の怠慢では・・・?
結論を言うと、親クレーマーの言い分の殆どは裁判では通らなかったようだけど、彼らの「嘘」が暴かれていく裁判の様子は目が離せず。あまりにもお粗末な嘘なのに、嘘が暴かれると言う事を全然心配していない様子の彼らが本当に不気味でした。
だいたい「でっちあげ」というタイトルがインパクトありましょう。いかにも安っぽいイメージの言葉だと思うんだけど・・・たとえば、『捏造』とか『虚偽』とか・・・語彙が貧困なのでパッと出てこないけど、ほかの言葉でもうちょっと体裁の良さそうな言葉はあるんだろうけれど、あえて『でっちあげ』としたところに著者の意図があると思う。
しかし、教師も被害者だけど、教室の子どもたちがかわいそう。件の男子児童にしても、子どもたちをここまで巻き込んだ一連の「加害者」は罪が重いと思います。
と色々思ったり書いたりしながら、この本もまたひょっとして全面的には信用できないのかなぁ・・・と皮肉な事に考えてしまうのでした。